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2020-02-07

そこの私とここの私

海の見える小さな町。

子どもが遊び回る道の声、窓から風と共にその声が吹き抜ける中で私は琴を奏でる。

家は父親が獣医、母親が琴の先生をしていた。そのことから私は必然と琴を習わされた。父親はおっとりした優しい人、母親は厳しい人だったが、私を愛してくれて大切に育ててくれた。

幼心から外に遊びに行きたいと思うだろうが、私は思わない。理由は単純で、外に行くといじめられるからだ。いじめの言葉は決まって「外人」という言葉。

私の風貌は茶色い髪。緑がかった瞳。高い鼻。長い手足。今ならば羨ましいと思われるかもしれない姿だが、幼い頃はこの姿がただただ嫌だった。両親にはいじめられるから遊ばないとは言えず、幼少期は琴に夢中になった。

 

小学校に通い、帰り道を歩いている時、ふと草むらに視線をやるとダンボールの中に仔猫いた。その仔猫は生まれたばかりで、酷く衰弱し命が危ない状態。

私は急いで父親の病院に連れて行った。父親は「これはまずいな」と言いながら一生懸命手当をし、「あとはこの仔猫の生命力にかけるしかない」と言った。

その後も寝ずに父親と母親は仔猫を看病し、仔猫は一命を取り留めた。その仔猫は捨て猫であり、飼い主も見つからないことから家で飼うようになり、仔猫と一緒にいられることが私はうれしく、そして何より命を救ってくれた父親が誇らしかった。

それから仔猫といる時間が増えた。前よりは言われないが、やはり時々周りに「外人」と言われた。私はさらに人付き合いを避けるように、仔猫と一緒にいるようになった。友達は唯一のこの捨て猫。とても愛らしく私に懐く。

その私を見る両親もうれしそうだった。この時に、母親は少し涙を見せていたが、私にはその涙の意味がわからなかった。

 

小学校の卒業式が終わり、両親と手を繋いで家に帰る。私は喜びと幸せの中の帰り道、あの家にいる仔猫が捨てられていた場所が何故か目に焼き付いた。

その夜、深刻な顔つきな両親から「大事な話がある」と言われた。私は何か悪いことをしたかな…と思いながらも椅子に座った。

父親が重く口を開く。「私達は本当にお前を愛している。大切な大切な私達の子だ。だが、本当の両親ではないんだ…」

母親が涙を流しながら話を続けた。「実は家の前に生まれたばかりのあなたはいた。そうして私達が親になりあなたを子供としたの。本当の親は全く手掛かりもなくわからないの…」

少し沈黙のあと母親は涙を拭うとキリっとした顔立ちで力強く私に言った。「それでもあなたは誰が何と言おうと私達の子に変わりはないからね!」と。

私は意味がわからなかった。頭の中が真っ白になり、ただ涙がでた。何も言葉を発することなく、両親は私を抱きしめてくれた。

部屋に戻り、少し時間が経つとようやく私は理解し始めた。そうか、この茶色い髪、緑がかった瞳、高い鼻、長い手足、どこをとっても両親とは似つかない。似ているところなど一つもない。また涙が流れた。外人と言われいじめられてきたが、きっと私は本当に外人の子供で、捨てられたに違いない。

同じ境遇の猫を抱きしめながら私は話しかける。「私とあなたは同じ…」

この時、本当の両親に会いたいなどは思わなかった。ただただ、実の子ではないということ、捨て子だったということがショックだった。

すると母親が部屋に来て、泣いてる私をそっと抱きしめる。「あなたは私達の子。ずっとずっと言おうか迷った。言わないと何かの拍子であなたが知った時、あなたをずっと裏切ると思った。苦しめると思った。そんなことはしたくないから、本当にあなたを愛しているから話したの」

母親は涙を流しながら私を抱きしめる。私は母の中で涙が枯れるほど泣いた。

 

この時から私は自分を嘆くより、哀しむより、その愛情を裏切ることのない生き方をしたいと強く思った。いや、両親がそう思わせてくれるよう変わらずたくさんの愛情を注いでくれた。

そうして成長を遂げた私は、哀しみでしかない自分のこの姿に、周りの見る目が変わっていった。お人形さんみたいに綺麗と言われることが多くなった。けれどもそれは私にとって褒め言葉ではなく、心に刺さる言葉でしかなかった。

それでもいじめられていた幼少期とは違い、友達もできた。恋もした。人並みの青春を送る日々が穏やかに過ぎていった。

ある日、家に帰ると猫がいない。外にたまに出るが、いつもはすぐに帰ってくる。私は心配しながら近所を探した。

どこを探しても見つからなく、あとは考えられる所といえばあの拾った場所。私はあの日以来、その場所を避けて生きてきた。仔猫を拾ったあの場所に行くと、捨てられた自分ということを思い出してしまうから。

けれどもどうしても心配になり、意を決してその場所に向かった。

やはり仔猫はそこにいた。自分が捨てられていたその場所に座り空を見上げている。「どこへ行ってたの、おいで」と私が声をかけると甘えてくる。

抱き上げ、その場所を振り返ると、やはり捨てられた自分が込み上げる。「何か手掛かりはあった?」私は猫に話しかける。「帰ろう。帰る場所はある」と話しかける私に夕日があたる。そしてあの時の言葉をもう一度繰り返す。

「私とあなたは同じ…」静かにそう呟いた。

 

大人になった私は、父親のような医者を目指すことを決めた。父親の命を救う医者としての姿を心から尊敬していたから。父親のような獣医になりたいと思っていたので、父親の仕事を手伝いながら学校に通わせてもらった。

そんな日々が過ぎる中、父親が高齢で一人で病院を続けていくのも大変になり、若い先生を雇うことになった。明るく優しく、とても好青年な先生。私に色々と教えてくれて、その人に惹かれていくのに時間はかからなかった。

月が満ちる夜、仕事を終えたあとにコーヒーを飲みながら彼は私に話し始める。

「君のお父さんは素晴らしい医者だ。僕はこの病院で色々なことを学んだが、何よりも大切なことを無言で教えてもらっている」私は「それは何?」と聞くと、「愛情さ」と彼は真っ直ぐな目で私を見つめながら答えた。

その瞬間私の目から涙が零れた。私の過去がすべて彼に見られているような、私の過去を彼が知っているようなその言葉に。

彼は涙を流す私にびっくりしながら「どうしたの?」と慌てた。私は泣きながら心の中で両親に唱えた。その大切な愛情を私が一番もらっている。ありがとう。ありがとう。と。

気付けば私は彼にすべてを話していた。私の両親は本当の両親でないこと、自分が捨て子だということ、その大切な愛情をもらい、幸せなのに自分の中に傷があること。彼は静かにそっと私の背中を撫でながら話をいつまでも聞いてくれた。

そして彼は、「過去は消えない。けれども今の幸せは消えない。傷つきながらも憂いながらも君は幸せに生きている。それを背負って一緒に生きていく」と言葉をくれた。私はまた涙がとまらなくなった。

こうして私は彼と付き合うことになり、そのことを両親も凄く喜んでくれた。

その数か月後、私の唯一の猫が亡くなった。父親も、彼も、私も懸命に処置を尽くしたが、この世を去った。

私には唯一の存在だった。同じ境遇で生まれ、同じ境遇で育った姉妹。何もかも同じのこの妹は、きっと私と同じく幸せだったに違いない。

私は亡くなった猫を抱きかかえ、最後に二人の言葉を呟く。「私とあなたは同じ…」

 

学校も卒業し結婚を考えた時期に、母親が私にそっと、くすんだネックレスのようなものを差し出した。

「これはあなたが持っていたもの。今までは思い出させないように、傷つけないように預かっていたけど、あなたが結婚する時に渡そうと思っていた」

それは私を捨てた人が持たせたであろうネックレスのようなもの。

私は迷わず答えた。「こんなものはいらない。捨てて。私の両親は生まれた時からお父さんとお母さんだけ」と。

母親は「そうだね。そうだね」と涙を流した。

きっと私以上に両親は苦しんだ。見ず知らずの子を拾い、その子に辛い思いをさせないと誓い、その子にどう真実を伝えるかと。

私は心の底から本当の親などはどうでもいいと思っている。言葉にならない感謝と思いを両親に伝えたい。真実なんかいらない。私の両親はあなた達だけだと。

私は彼と結婚した。そして結婚の翌年、娘が生まれた。両親は私の娘を抱き、私達の孫だと喜びを見せる。私はその姿に、私の子どもまで愛してくれる両親に涙をこぼした。

数年後、娘と手を繋ぎ、あの仔猫が捨てられていた場所に訪れる。

緑が散り、秋の香りが吹き抜ける。

娘を抱き私はあの時と同じ言葉を、あの時とは違う意味の幸せとして呟く。

「私とあなたは同じ」

 

 

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