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2019-11-17

その愛は罪となる

愛は出会いの時を選べない。

もっと早く出会っていれば。

時は進むが戻りはしない。

 

雪がチラつく寒い日、その人は二十歳になったばかりの僕の前に現れた。一回り上の綺麗な大人の女性。

出会いの始まりは居酒屋でのこと。友達と飲んでいた僕は少し酔いを醒ますために居酒屋の中庭に出た。すると遠目からでも綺麗とわかる女性が白い息をくゆらせ空を見上げている。

僕は酔っているせいか、「寒いですね」と女性に話しかけた。女性は「ほんとですね。でも空気が澄んでいて心地いい」と答えた。

その後も何気ない会話を繰り返し、女性が「そろそろ戻らなきゃ」と言いながら僕に手を振る。僕は何も保障のない「また」と言うと、女性は笑顔を見せながら戻っていった。

そして僕はあの日以来、ずっと女性のことが頭から離れない。恋なのだろうか?いや居酒屋でたまたま見た女性に恋をするなどありえないと自分に言い聞かせながら日々を過ごした。

 

数日後、友達に飲みに行こうと誘われ、お店を決めておいてと言われた。僕は心の中であの女性にもう一度会えるだろうかと期待しつつ出会った居酒屋を予約した。

その日、友達と飲みながらもやはり頭の中はあの女性のことを考えている。途中に中庭の方を見に行くが女性の姿はない。「そんなうまい話があるわけないよな…」と呟き、僕は中庭を後にした。

帰り道、駅のホームに降りると、前を歩いていた女性がハンカチを落とした。かすかに見えたのはベージュのコート。人混みをかき分けベージュのコートの女性を追う。

「ハンカチ落としましたよ」と言うと、振り向いたのはあの居酒屋で話した女性。

「どうもすいません、ありがとうございます」と女性は言うと、その瞬間に僕に気付いてくれたらしく「あ!あの居酒屋の!」と言ってくれた。女性も飲み会の帰り道だったらしい。

歩きながらあの日のことを話し、少し飲みなおそうということになり近くにあった屋台に入った。色々と話が弾み、僕はお酒の力も借りて「あの日以来あなたのことが気になっていたんですよ」と冗談を交えながらも言葉にしてしまった。すると女性は笑顔で「またまた、こんな年上をからかったらダメだよ」と言った。

話していると女性は三十歳ということで僕の一回り違う。十歳も離れている男にそう言われて、女性がそう答えるのも無理はない。それでも僕は本当に気になっている自分がいたので、帰りに連絡先を交換して次があるのを願った。

次の日、お礼のメールをきっかけに、ずっとメールは続いた。楽しく、優しい女性に僕はますます惹かれていった。

僕は女性にメールで「気になっていて、好きだ」と伝えた。すると女性からは「私は結婚しているの。子供もいる」と返事がきた。僕は一瞬ビックリしたが、同時にそんなことは関係ないと思ってしまった。それほどまでに彼女に恋をしていた。

それを伝えると、「悪いこと、最低なことだと思うけれども、私もあなたのことが気になっていると」返事がきた。

うれしかった。自分の中で悪いこと、最低なこととわかっていてもただただうれしかった。

彼女は世間でいう浮気ということになってしまう。けれども僕はそれでよかった。家族を壊そうなどとは思わなかった。その時は彼女とただ一緒にいたいだけだという思いしかなかった。

 

それから僕達は隠れて愛を育んだ。それと同時に罪を重ねていることにも理解しながら、その醜さまで一緒に愛そうと誓った。

数年後、彼女の子どもを紹介してもらった。可愛い女の子。僕達の関係を知らず、綺麗な瞳でこちらを見る。

「こんにちは」と言うと、「こんにちは」と恥ずかしそうに彼女の後ろに隠れた。その後、三人で遊園地に出掛け、女の子は僕に懐いてもくれた。

僕は昔から血の繋がらない、知らない人の子どもを愛せないと思っていた。けれども、愛する人の子どもならこんなにも愛せるのかと実感した。覚悟が足りないかもしれない、そんな甘いことではないかもしれない。だけど愛する人の子どもは、同じように愛情が芽生えていた。

同時に自分に対する嫌悪感もあった。こんなに愛しているにも関わらず、子どもには見せられない愛し方をしている。こんなに愛しているのに隠し、罪を重ねている。

そんな思いを抱いたのは僕だけではなく、彼女も同時にその思いを抱いていた。僕達は切なく哀しい表情をしながらも手を繋ぐ。

お互い家族を壊す気がなくても、二人の愛は積もっていた。

一緒にいると自分だけといてほしいと、自分だけを愛してほしいと思ってしまうのが人間である。彼女はその思いが、僕にはその思いが募ってしまう。

いや、彼女は僕よりも心が痛いに違いない。醜く、悪いことをしながらも女の子に見られている。きっとその醜さは、自分に対する嫌悪感はもう耐えられないところまできているだろう。

その日、僕は改めて彼女に「結婚しよう」と伝えることを決めた。

 

次の日の朝、駅まで歩いていると急に目の前が真っ白になった。最近このようなことが続く。僕は疲れているのだろうと思い放っておいたが、徐々にそのサイクルは短くなる。僕はそこに座り込んだ。すると心配した人が救急車を呼んでくれて、病院に搬送された。

癌だった。余命も長くないと…。

僕は哀しいよりも妙に納得してしまった。「あぁそうか。こんなに愛する人ができて、そしてその愛する人の邪魔になっているのだから当たり前か…」

愛する人を愛するほどその人を不幸にしてしまう。そんな僕は生きている資格はない。当然だ。

僕は彼女に伝えた。前の日に思った言葉とは真逆の言葉…。

「もう別れよう。こんなことしてても意味がない。家族を大切にしなきゃダメだ」

彼女は「どうしていきなり?私は最低な女。家族を持ちながらもあなたを愛してしまった。弱く、醜い女。けれどもあなたとそれまでも愛そうと一緒に誓った!それは嘘だったの?」

僕は本当の気持ちを堪え、涙と弱さを堪え言った。「ああ…すべては嘘さ。最初から遊びだったんだ。もう終わりにしよう」

そう言った僕の手は震えていた。そして電話を切った瞬間、涙がとめどなく溢れる。

本当は違う。本当は誰よりも愛している。本当は…

そう思いながらも彼女の幸せを、僕は自分の命と引き換えに優先した。それは今の僕にできる精一杯の彼女への愛だった。

 

それから数ヵ月後、僕はやせ細り余命僅かという日を迎えていた。

あれから彼女と連絡は一切とっていない。想いを断ち切るために携帯も変えた。

最後に僕は本当の愛を知れて幸せだった。心の中でもう二度と彼女に伝わることのない想いを伝える。

「ありがとう。幸せだった」と。

叶わない愛でも、罪の愛でも幸せだった。

病室の窓から風で桜が散るのを横目に目をつぶる。

 

 

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