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2019-10-19

友情のバトン

僕は小さい頃、運動が苦手だった。毎週の体育の授業はいつも苦痛だった。

男ってのはつくづく不公平だよなぁ、と思いながら、鬱々とした気持ちで体育着に着替えていたのを、鮮明に思い出せる。

女子たちは容姿の可愛らしさや頭の良さなどで運動音痴をいくらでもカバーできていたように思っていた。

ところが男子は他にどんなに優れた能力があっても運動ができないとバカにされるのだ。勉強ができても運動ができなければ「がり勉」とか何とか言われ、美術や音楽が得意でも運動ができなければ「女みたい」と揶揄されるのだ。

とにかく男たるもの運動ができなければモテないし、クラスの中心にはいつも運動神経抜群の活発な男子が君臨するものだった。

 

僕は身体が特別弱かったわけでもなく、単純に運動が苦手なだけだったので、クラスでもバカにされているんじゃないかと常にビクビクしていた。

実際、クラスの何人かは体育の授業中に、例えばドッジボールなどで僕がミスをすると大げさにブーイングを飛ばしてきた。

そんな僕が最も嫌っていた学校行事は、言わずもがな運動会だった。

高学年になるとクラス対抗リレーというとんでもない地獄の競技が必須となり、足の遅かった僕はこれが嫌で嫌で仕方なかった。

体育の授業中に何度か練習したが、僕の足の遅さはクラスの足を引っ張っているようだった。僕の番がやってくるとあちこちであからさまな溜息が上がった。

僕は明らかに落ち込んでいたのだと思う。暗い表情を浮かべていたに違いない。

練習後にクラスの中でも一番運動神経が良いクラスメイトに「この世の終わりみたいな顔してるぞ」と声をかけられた。

「お前なんかに僕の気持ちが分かるか」と僕は心の中で毒づいた。

「なあ、俺、付き合うからさ、朝練しねぇ?」

彼は唐突に僕に提案してきた。

「…いい」

僕はとっさのことに驚きながらも、消極的な返事しかできなかった。

「どうせ、どれだけ練習したって、遅いままだし…」

ひがんだような言葉が飛び出して、自分で自分が嫌になった。

しかし彼は嫌な顔などせずにこう言った。

「そんなことないって!やれば絶対できる!俺が約束する!タイム上げようぜ!!」

そして僕の返事を待たずに

「朝七時に下駄箱集合な!約束だかんな!」

と言って勢いよく階段を駆け上っていった。

勝手に約束を取り付けて、何を考えているんだか…と呆れながらも、ひとりで待たせるわけにはいかないので僕は翌日七時に下駄箱に行った。

彼は「来てくれた!」と無邪気に喜び、早速秘密の特訓が始まった。

毎日毎日、彼は辛抱強く僕の練習に付き合ってくれた。色々な方法で早く走れるように工夫して何度も何度もタイムを計った。

僕も彼の気持ちに応えようと、大嫌いな「走る」という行為に全力で取り組んだ。

 

そして運動会当日、僕は相変わらず速くは走れなかったが、クラスの足を引っ張るほど遅くない走りを見せた。クラス中が驚く中、僕はバトンを次の走者に渡した。

アンカーを務める彼は、走り切った僕に満面の笑みと天に向かって突き出した親指を見せた。

やった!やりきった!!

僕は生まれて初めて、走り終わった後に気持ちの良さを感じた。

ゴールテープを切ったアンカーは彼だった。

うちのクラスが優勝したのだ。

歓喜に沸くクラスでは、僕が速くなったという話題で持ち切りだった。

彼は何も言わなかったので、僕が自ら口を開いた。彼のおかげでここまで頑張れたこと、彼には感謝の気持ちしかないこと、思いがほとばしり、涙で声がつまり、正直恥ずかしかった。

僕が話し終えると、クラス中から割れんばかりの拍手が起こり、クラスメイトたちは僕と彼を胴上げした。

 

彼とは大人になった今でも親友で、この時の思い出話は会うたびに話題に上るほど二人の絆を深めた。

友情と、努力の大切さを教えてくれた彼に、僕は今でも感謝し続けている。

 

 

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