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2019-11-29

救えなかった小さな命

蝉の声が鳴り響き、じりじりと陽が照り付ける夏の暑い日、僕はいつも通り山に出掛けた。

山に出掛けるのは趣味である渓流釣りを楽しむため。

山の中は見る景色、香る緑の空気、聞こえる水のせせらぎ、すべてが癒される。自然に囲まれた山の道はただ歩いてるだけで気持ちの良いものだ。

そんな気分で山道を歩いていると脇の草むらがガサガサと揺れた。山は自然の中に踏み入るため、動物に襲われるなど危険も伴う。

僕は草むらが動く大きさからキツネか蛇かな?と警戒したが、なんと姿を現したのは可愛らしい仔猫。まだ生後二ヵ月くらいだろうか。よちよち歩きで一匹でいる仔猫。

こんな山奥になんで一匹だけ仔猫が?親猫が近くにいるのかな?と僕は色々と考えた。けれども周りを見渡しても親猫の姿は見つからない。そうしていると仔猫は僕の足元にピッタリくっついて甘えてくる。その姿はただただ可愛い。

連れて帰ろうかと本当に悩んだが、もしかしたら親猫が近くにいるかもしれないので、安易に連れて帰ったりしてはいけないと思い、僕は仔猫に「お母さんのとこにお戻り」と話しかける。

そうして歩き出した僕だが、仔猫は僕の後をついてくる。その可愛さにどうしたものかとその場に座る。

「ごめんね、飲み物も、食べ物もないんだ」「お母さんはどこにいるの?」と仔猫と戯れ、話しかける時間が過ぎた。

夕暮れ時になり、このままでは暗くなってしまうので帰らなきゃいけない。僕は後ろ髪を引かれる思いで振り向かないよう帰り道を歩いた。しばらくして振り返ると仔猫の姿はなく、心配の気持ちで溢れながらも車に乗った。

帰りの道中、運転しながらも「大丈夫かな」「親猫はきちんと近くにいたかな」「やはり連れてくればよかったかな…」と仔猫のことで頭がいっぱいになっている自分がいた。

僕は家に着くとやはり気になるのが抑えられなく、ミルクとシーチキン、ソーセージを持ってあの仔猫の元へ向かった。けれども夜の山奥でその仔猫を見つけられるはずもなく、その日は諦めて家路に着いた。

 

次の日の朝、陽が昇ると同時に山奥に向かう。仔猫と出会った場所に着いたが、仔猫の姿は見当たらない。周りを探し、仔猫を呼ぶが忽然と姿を消してしまった。

親猫に出会えているならば良いのだが…。僕は心配しながらもその仔猫の無事を祈り歩き出した。けれども帰り道、僕の視線が捉えたのは無残な光景。

それは亡くなっている仔猫だった…。

自然とは時に無情で残酷なもの。けれどもそれが自然の理。

わかってはいてもやるせない思いが募る。

仔猫に一言「ごめんね…」と呟く。

そして近くに咲いていた一凛の花を添えた。

 

 

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