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2019-11-28

Heart full step

冷たい蛍光灯の灯りの下で独り座っていると、無性に寂しくなる。

孤独。

このひと言だ。

 

押し寄せる孤独感を振り払うためにテレビを点ける。すると、小さな画面から賑やかな音が流れてきて、気が紛れる。

気は紛れるが、孤独感は心の奥底に追いやられただけで、テレビを切ればまた浮上してくる。

両親とケンカして家を飛び出してから、実家とは疎遠になってしまった。

上京したは良いが、元々引っ込み思案だった僕は、こちらで友達も作れず、仕事も長続きせず転々とし、勿論彼女なんかできるわけもなく、ただ独りで淡々と生きていた。

安いボロアパートで雨風をしのいできたが、家賃や光熱費を支払うのも精いっぱいだった。時折電気やガスが止められる事もあった。

人と触れ合う温かさなど、とうの昔に忘れた。

忘れたはずなのに、孤独を感じるのは不思議だ。

元々群れを成して生きてきた人間という動物の本能なのだろうか。どこか、本能的に孤独を恐れているような感覚だった。

 

そんなある日の事だった。

日雇いの仕事から帰宅して、いつものようにすぐにテレビを点けて安酒で自分を慰めようとしたのだが、リモコンを握った手が止まった。

天井の方から音が聞こえたような気がした。

ねずみか何かかと思ったのだが、よくよく耳を凝らすと、どうやら人の足音のようだった。

トン、トン、と軽やかに鳴り響くその音は、決してうるさいものではなく、耳をすませてようやく聞き取れるくらいだった。

なにしろ安アパートだ。壁や天井が薄いに違いない。ボロボロだからあまり住人が入らないらしく、長い事階上には人が住んでいなかったようなのだが、どうやら新しい住人が入ったようだ。

どんな人なのか…。

そう思った僕は、その日から階上から漏れてくる生活音を聞くともなく聞くようになった。

足音だけでなく、掃除機をかける音、料理しているのか包丁で何かを切るような音、換気扇を回す音など、微かだったが聞こえてきた。

すぐ近くで誰かが生活しているという事に、僕はなぜか不思議な安心感を覚えた。

独りじゃない。

そう思えた。

「どんな人か」と思っていたのが次第に大きくなっていった頃、仕事へ出かけるためにドアを開けて家を出たところで、上から誰かが階段を下りてくる音を耳にした。

もしかして、上の階の…

そう思う事しかできず、僕はその人と対面した。

「おはようございます」

その人は、ニッコリ笑って挨拶してきた。

「お…おはようございます」

とっさに挨拶を返したが、きっと相当ぎこちなかった事だろう。

僕の心臓はいつもより数段早く動いていた。

その人は、若い女性だった。

こんなボロアパートに住んでいるのが信じられないくらい、若く美しく身綺麗な女性だった。

急いでいたのか、女性はすぐにアパートから出て行ってしまったが、僕はしばらく廊下に立ち尽くしていた。

なぜだか分からないが、とても温かく清々しい気分になり、僕は深呼吸して仕事場へと向かって歩き出す。

自分の中で築いた孤独。忘れようと閉ざしてきた人の温かさに触れ、その孤独から少し変わった気がした。

 

 

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