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2020-01-06

飛び立つ音色

何度ピアノさえ無ければと思った事だろう。

ピアノさえ無ければこの子ともっと良い関係が築けるのに。

ずっとそう思い、悩み続けていた。

 

娘が三歳の時にピアノ教室へ連れて行くと興味を示したので、習わせる事にした。

音楽は生涯通じて楽しめるものだから、やるからには一生涯続けられるようなものにしてほしいという思いを持っていた。中途半端でやめるのではなく、ずっと続けていけるようになるためには、ある程度しっかりと練習しなければならない。

だから私は娘につきっきりで練習した。毎日必ず一時間は練習するという事を自分の中で決めて、娘に声をかけて娘の横に立ち練習を進めた。

ピアノを習った事がある人ならば分かると思うが、練習を好きな子というのは珍しい。

娘も当然嫌がった。私が色々と口を出すと、娘は無言でポロポロと涙を流した。

時には厳しい事も言ったし、練習する気になっていない娘を無理やりピアノの前に座らせるのは心が痛んだ。

ピアノさえ無ければ、娘を泣かせる事もない。

娘が嫌がっているならばピアノなんてやめてしまった方が良いのだろうか。

毎日このように悩んでいた。

それでも、娘は一度も「やめたい」とは言いださなかった。

そればかりか小学校の高学年になる頃には「ピアノが好き」と言うようになった。さらに、中学生になると自ら進んで練習するようになり、音楽の世界にのめり込むようになっていた。

 

そんな娘が高校二年生の時に「音大を受けたい」と言い出した。

そんなつもりでピアノをやらせていたわけではなかったので、これには驚いた。

逆にピアノで大学に進学したとて、就職の事などを考えると不安な事も多々あり、正直言って私は戸惑った。

生涯通してピアノを楽しんでもらえれば、という思いで一生懸命練習してきたピアノに、まさか娘がここまで夢中になるとは。子育てに悩みは尽きないな、と苦笑いしてしまった。

主人に相談すると「好きなようにさせたら良い」と言ってくれたので、音大受験を応援する事となった。

特別レッスンを受けたり、音大入試で必要な勉強を頑張ったりして、娘は音大へ進学した。

そして、在学中にコンクールで最高位を受賞した。この時の感動を、私は忘れないだろう。娘は誇らしげにトロフィーを手にし、私に向かって満面の笑みを見せた。

コンクール後に私の元へやってきた娘は開口一番「ありがとう」と言い、続けて「この受賞はママと獲ったもの」と言った。その言葉で涙が溢れ出た。娘の成長を実感し、優しさをもらい、娘をとても誇りに思った。

 

娘は卒業後、ピアノ講師をしながら時折リサイタルを開いている。

家に飾っているあの時のトロフィーと賞状は私の宝物。

私は今までも、これからも愛する娘のファンであり続ける。

 

 

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