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2019-10-04

山登り

山登りが好きだ。

黙々と登山道を歩いて行くのが大好きだ。

なぜなら、無心になれるから。

 

元々山登りと出会ったのは、私の父が山登りに随分と熱心だったのがきっかけだった。

父は昔から自然が好きで、私が子どもの頃も山や海へ連れていってくれた。特に山登りは、家族全員で弁当を持ってお喋りしながら山道を歩き、頂上で昼食を取るのが楽しくて、よく覚えている。

私が成長していくにつれて忙しくなり、家族で山に登るなんて事は無くなってしまったけれど、父は定年後に再び山登りを始めたのだった。

 

私が社会人になり、会社の歯車となって働き、日々ストレスを抱えて四苦八苦している姿を見た父が、私を山登りに誘った。

私はその時、正直嫌々ながら父の誘いに応じたのだった。

なんでこんなに疲れているのに、更に疲れるような事をわざわざ休日にやらなければならないんだ…と、そんな事を考えていた。

父と並んで山道を歩くも、久々に親子で並んで歩くと何を話したら良いのか分からず、気まずい沈黙が流れ、そんなわけで私はただ黙々と足元の土を見つめながら一歩一歩進んでいった。

久しぶりの登山は体力を奪い、足にも疲労がたまっていったが、私はどこか心地良い疲労感を覚え、しかも心が次第に空っぽになっていくのを感じた。

汗が滴り落ちていくのとともに、日ごろ蓄積されたストレスも流れていくようだった。

ほどよい疲れで頭の中の考え事が追い出され、それでも無言で歩を進めていく事で、ますます無心になれた。

 

そして、山頂に辿り着いた。

眼下に開ける絶景と、それから見上げた空の高さに驚いた。

子どもの頃は、正直ここまで感動しなかった。大人になってこの景色を見て、信じられないくらい圧倒されて感動している自分に気が付いた。

自分はなんてちっぽけなんだということ、そして自然のスケールの大きさを思い知り、日々の悩みやストレスがどうでもいい事にさえ思えてきた。

空気が美味しい。

景色が美しい。

疲労感が心地よい。

五感が研ぎ澄まされる感覚。全てが気持ち良かった。

「悪くないだろ」

父はそう言って、リュックサックの中からアルミホイルに包まれたおにぎりを取り出した。

「母さんが持ってけって言って作ってくれたぞ」

母の握ったおにぎりは、それは懐かしい味がして、インスタントの味噌汁とともに喉に流し込むと昔の記憶が蘇るようだった。

 

私が山登りの魅力にはまるようになったのは、それからだ。

自然の中で無心になって汗を流しながら歩を進める。

山頂で壮大な自然を全身で感じ、日ごろのうっぷんを吹き飛ばす。

これが私の大好きなひと時となり、私は今日も山を登る。

 

 

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