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2019-10-23

償いの親孝行

職業について聞かれ「介護職です」と答えると、その反応が大体二通りに分かれる。

ひとつは「やっぱり力仕事だから男性だと重宝されるんじゃない?」という無難なもの。

もうひとつは「へぇ意外!もっとなんていうかIT関連とか、商社とか、そういう仕事だと思っていた!」というもの。

無理もない。前職はバリバリのIT関連企業でシステムエンジニアとして激務をこなす日々だったのだから。

 

私が前職を辞めて介護職に転職したのは、他でも無い、父親の死と母親の介護施設行きがきっかけとなったのだった。

当時は毎日のように終電で帰る日々を送り、休日も返上して会社へ出かけていった。実家に帰る時間など無く、久しく両親の顔を見ずに働き詰めだった。

気付けばなんと二年以上も実家へ帰っていないという驚愕するような事態になっていた。

 

そうこうしているうちに、父親が他界したという連絡を受けた。最後に実家へ行き両親の顔を見てから二年三ヵ月経った時のこと。

死に目に会うどころか、二年以上顔を見ていない父親の死を、しばらくは受け入れられなかった。

自分はなんて親不孝な息子なのだろうか、と自身を責めた。すぐに実家へ駆けつけたが、涙にくれる母親に顔向けできなかった。

葬儀を終えてほどなくして母親が転倒し骨折した事をきっかけに自力での歩行が困難となり、同時に軽い認知症も発症した。

私も、それから三つ年下の妹も母親と同居ができなかったため、やむなく施設に入居してもらう事となった。

誰も居なくなった実家は売り払い、私と妹には実家というものが無くなり、まだ独身の私には帰れる家というものがなくなった。

なぜか、無性にやるせないような気分になり、こんな激務を強いる会社はもう辞めてやる!と思い立って前職を辞めた。

 

そして私は、せめてもの償いという気持ちをもって介護職に転職したのだった。

両親に何の恩返しもできなかった、何の親孝行もできなかった、そんな罪悪感と後悔が私を突き動かしたのだった。

私が働く施設で、ある時利用者さんに「なぜこの仕事に?」と聞かれた。

その方はいつも穏やかで、私のような若輩者の人生相談に積極的に乗ってくれるような、そんな人格者だったので、私はつい自分の両親への思いと、後悔の気持ちを吐き出してしまった。

すると、その方は静かにこう呟く。

「じゃあ、私が死んであの世へ行ったら、お父上にあなたがいかに素晴らしい大人になったか、いかに素晴らしい職に就いたか、いかにご両親を思っていたか、ちゃんと伝えないとね」

その言葉を聞いて、「ありがとうございます」という言葉よりも先に涙が溢れ出た。

こんなに優しい言葉が返ってくるとは思わず、ずっと心の中に引っかかっていたものがスッと溶けていくような気がした。

償いや罪を自分自身に負っていた私は心の中でうれしいような、認めてもらえたような感情が入り交じり、今度の休日には施設の母のところへ顔を出そう…そう思った。

 

 

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