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2019-11-04

障害など関係ない

私たちの長男はダウン症だった。

事前に検査を受けていなかったため、産まれてから医師から知らされた。

私も主人も驚いたが、ダウン症だからといって何をどうするということもなく、ただ事実を受け入れて、長男を家族の一員として迎え入れた。

 

長男は幸いなことに合併症も無く、すくすくと育った。

そして数年後、私たちは第二子を授かった。お腹が大きかった時から、心無い言葉を投げつけてくる人もいた。

「ダウン症の子がいるのに、産まれてくる子が可哀そう」とか「下の子に面倒見させるつもりなんでしょ」とか、なぜそんなことを言うのだろうと思うことを言われる時もあり、私はとても傷ついた。

第二子も男の子だった。彼は健常児で、ダウン症の兄の成長スピードを遥かに超えるスピードでぐんぐん育っていった。

兄弟は仲良しで、いつも一緒に遊んでいた。

下の子は、三、四歳ごろから、どうも自分の兄が普通ではないということに気付き始めたようだったが、彼なりにダウン症の兄を受け入れているようだった。

二人の息子を育てながらも、何度か「下の子に面倒見てもらえるから安心ね」など、悪意があるのか無いのか分からないような言葉をかけられることがあった。

もちろん、私は下の子に上の子の面倒を見てもらおうなどとは思っていなかった。上の子は上の子で、いずれ大人になった時に、行政の力を借りて独り立ちしてほしいと思っていた。

 

子どもたちが育ち、特に下の子は大人の言っていることがよく分かるようになっていたのに、平気で子どもたちの前で心無い言葉を投げる人たち。

私は、そういった人に面と向かって反論することなく流し、家に帰ってから必ず下の子に「お兄ちゃんの面倒を見させるために産んだわけじゃないからね。お兄ちゃんとは別々の人生を歩むんだからね」と言い聞かせていた。

そんな日が何年も続いた。

下の子が小学生になったある日、また例の「下の子に面倒を…」という言葉が投げかけられ、私はいつものように下の子をフォローし始めた。

すると、下の子が私の言葉をさえぎって「分かってるよ。お母さん、いっつも同じこと言うんだもん。でもね、僕はお兄ちゃんのことを放っておかないよ。ダウン症だからとかじゃなくて、お兄ちゃんは大切な家族だもん。家族や兄弟は支え合っていくものでしょ?先生が授業でそう言ってたもん。だから、僕は大人になってもお兄ちゃんと支え合うんだ」と言ったのだ。

子供というものは本当に大人の思っている以上に色々なことを考え、そして見ているものだ。

成長を見せてくれた次男の心の優しさに、私は思わず涙ぐんでしまった。

 

そんな私たちの愛する二人の子供も、今では二人とも成人してそれぞれ別の人生を歩んでいるが、節目の日には実家へ戻ってきて家族で楽しいひと時を過ごしている。

 

 

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