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2019-11-08

秘めたる想い

人を好きになるのに理由なんていらない。

それは、とても美しい言葉のようでいて、残酷なものだ。

好きになりたくなかった。

恋なんてしたくなかった。

それなのに、理由なく、好きになってしまった。

 

あなたには家庭があり、奥様がいて、最愛の子どもたちもいた。

子煩悩なあなたは、デスクに家族写真を飾り、待ち受け画面には子どもの写真を設定し、いつも家族の話を楽しそうにしていた。

出会うのがもっと早ければ、あるいは、あなたの隣に立っていたのは私だったのかもしれない。

いや、年齢差を考えると、その可能性は限りなく低い。

それでも私は、あなたがせめて独身だったら、この想いを伝えられるのに、と切なく思う。

 

芸能人の不倫のニュースをよく見かける昨今の日本では、ニュースに取り沙汰されるまでもない一般人の間でも相当多くの不倫カップルが存在するに違いない。

それでも、私は不倫しようとは一切思わなかった。心から、あなたの幸せを奪いたくなかったし、あなたの幸せの礎である家庭を壊したくなかった。

苦しむのは、私だけで良い。

この気持ちは誰にも明かさない。

そんな想いであなたを三年もの間見てきた。

それなのに、あなたは、あの日私に言った。

他愛ない話の中で家族について聞いた時だった。

あなたは顔を曇らせて、言った。

「妻とは…別れたんだ…」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。あんなに幸せそうに家族の話をしていたあなたが、奥様と離婚したなんて、信じられなかった。

「どうして…?」

「妻には、他に好きな人がいると…」

あなたは、その先の言葉を詰まらせて項垂れた。

なんということだろう。

私はあなたの奥様が信じられなかったし、許せなかった。

幸せを壊すまいと、この想いを封じ込めてきたのに、奥様が内部から家庭の幸せを壊してしまったのだ。

私は、あなたに秘めたる想いを告げようかと思った。

しかし、傷心のあなたを見て、今告げるべきではないと悟った。

そして、それからも私はあなたに何も伝える事なく、ただただ心の中だけであなたを想い続けた。

時期が来たら、そして、あなたに少しでも可能性があるように感じられたら、その時私はあなたに想いを伝えようと思っていた。

 

しかし、現実は残酷だった。

あなたは、あの日から半年ほど経った頃、私に嬉しそうに報告した。

「再婚する事になったよ」

突然の事で、私は頭が真っ白になった。

「こんなに早く良縁があるなんて思いもしなかった!」

あなたは幸せそうにはしゃいでいた。

私は祝福の言葉を述べたらしいが、口から勝手に言葉が出ていっただけで、自分の意思で言葉を紡いだわけではなかった。

その晩、私は久しぶりにあなたを想って枯れることのない涙を流した。

 

 

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