月が美しさを増す夜、小さな村で女の子が生まれた。
その女の子が目を開けた時、瞬く間に村中で「大変だ!」と大騒ぎとなった。
女の子は哀しくも生まれた時から激しい差別と運命に襲われることになる。
その理由は左右の目が違う『オッドアイ』ということから。
『オッドアイ』とは、左右で瞳の色が違うこと。人がオッドアイで生まれてくる確率は奇跡的に少なく、本来神聖だと思われるオッドアイだが、この村では『呪いの瞳』と祟りにされてしまった。
女の子は村人から、悪魔に呪われないようにと神に捧げる貢物とされることに決まったが、母親は村人の目を盗み村を抜け出した。すぐに追手が掛かり逃げられないと悟っていた母親は、やわらかく暖かい布に女の子を包み、手紙と共に洞窟に隠して自ら命を絶った。
村人が追手として駆けつけた時に女の子を捜したが、母親の命を懸けた愛が、女の子をみつからないよう導いた。
あきらめた村人達はその場からいなくなったが、赤子が一人で生きていけるわけもなく、女の子の命は未だ風前の灯火に過ぎない。
騒ぎの後、旅人が赤子の泣声を聞きつけたのは運命か必然か。
この男の名はロック。ロックは商人としてあらゆる国を行き来していた。
ロックは通り掛かりに、微かに聞こえる赤子の声を耳にした。そして声を頼りに近づくと女の子がいる。
「捨て子か。それもまた運命」と呟きながら女の子の顔に掛かる布を覗き込んだ瞬間、ロックは驚愕した。そして女の子をそっと抱くと自分が住む街へと歩き出した。
街に着いたロックは、ミルクを買いに出掛けたり、一通りの子育て用品を集める。そしてこの女の子に『ミア』と名付け大切に育てた。
男手ひとつで赤子を育てるのはとても大変だが、ロックに育てられミアはすくすくと育った。そうして物心ついたミアは、自分に母親がいないこと、自分が人とは違うオッドアイであることも理解する歳になった。
この街の住人達は、『呪いの瞳』と捨てられたミアを『神秘の瞳』と崇める。色々と思うことはあるが、それより今の生活を幸せに、自分を大切に育ててくれたロックを父親として愛していた。
ある日の夜中、ロックが誰かと電話で話してる声が聞こえてくる。
「それでは取引に応じられない。何度も言うがこれほど綺麗なオッドアイの女の子など絶対手に入らない上物だぞ」
そう、ロックは商人。今迄ミアを憐み育てていたわけではない。自分の娘として大切にしていたわけではない。あの日、ミアを拾い大切に育ててきたのは、すべて『オッドアイの女の子』という商品としてだった。
その会話を聞いたミアは混乱する。あんなに優しく自分を大切に育ててくれたロックが、そんなはずはない。きっとこれは夢だと思いベッドに戻る。
朝日が昇り、ミアはロックに問いかける。
「私はパパの子だよね?」
ロックは優しい笑顔で「当たり前じゃないか」と頭をなでた。
ミアは何かの間違いか、夢だったに違いないと日々の生活を過ごした。
数日後、ロックは取引の相手と話していた。
「その価格では応じられない」
深く帽子を被った取引の男は言った。
「これで何度目だ?この金額でも一生暮らせる金額だぞ?売る気はあるのか?」
ロックはそれでも取引に応じない。
「まさか…本当に親になった気でいるんじゃないだろうな?」
その問いにロックは何も言わずその場を後にした。
この男が気づいた通り、ロックは商品としてミアを育てていたわけではなかった。たしかにミアを拾ったキッカケは商品としてだった。けれども大切に育て、ミアと時を過ごしているうちにロックは幸せだった。心から父親となっていた。
そしてミアを今さら売ることなどできないということは、自分が消され、ミアを奪われることになるとわかっていた。ミアとの幸せな暮らしを守るため、ロックができることは、ミアを商品と思うよう演じて取引に応じないということしか無かったのだ。
けれどもここまでが限界と悟ったロックは、自分の命と引き換えにミアの幸せを守ることを誓う。ウイスキーの氷が溶けきる頃、ロックの表情は深刻な険しさから、穏やかな優しい表情へと変わっていた。
そして遠い安全な街の受入れてくれる施設を探し、そこにミアを預けることに決めた。
身支度をし旅路についた時、ロックの予測通り、いつまでも取引に応じないロックを始末するよう追手が差し向けられた。ロックとミアは必死に逃げるが、やがて追手に追いつかれてしまう。
ロックは涙を流しミアを抱きしめて言った。
「こんなおれを父親にしてくれてありがとう」
そしてミアの耳元で「愛してる」と言い残すと、ミアの懐に施設のメモを入れた。
ミアは泣きじゃくり「行かないで!一緒にいて!」とロックにしがみつくが、ロックはやさしくミアを振り払い、還らぬ人となった。
ミアはロックが残したメモの施設に向かい夜空の下を歩く。
生まれながらにオッドアイということで哀苦の路に迷い込むミア。
この先、ミアの運命はどう進むのか。
夜空を見上げ涙を流すオッドアイの瞳は、皮肉にもどの星より美しく輝く。
そしてミアはロックが残した施設に向かい歩き始めていた。
その足取りは重く、悲しみに暮れる。それでも自らの命を懸けてまで守ってくれた、愛してくれたロックのためにも一歩ずつミアは進んでいた。
暗闇の道に一台の車の音とライトがミアを照らした。
そしてその車はミアの横に止まると、一人の綺麗な女性が降りてきた。
「あなたこんな夜中に一人でどうしたの?危ないから乗って」
女性はそう言うとミアを車に乗せ、ミアの持つメモの場所へと車を走らせた。
「親は?どうして一人で歩いていたの?」
女性はミアを安心させようと話しかけるが、ミアは悲しみのあまり黙って俯くだけだった。
「私はエリー。よろしくね」
そう話しながらミアの頭を撫でると、ミアのオッドアイの瞳から星屑のように涙が流れる。エリーの優しさに触れ、ミアはただただ泣きじゃくる。
施設に着き、エリーが「元気でね」とミアを抱きしめた時には夜が明けていた。
そして朝陽が眩しくミアを照らした時、エリーはミアの美しきオッドアイに気付く。
「あなたその目…。なんて美しい…」
そしてエリーはしゃがみ込むと、「私と一緒に来る?」と聞いてきた。
エリーはモデルとして活躍しており、自らも施設育ちだった。そんなエリーは、自分と似ている、いや、自分より境遇が哀しみに満ちたミアを放ってはおけなかったのだ。
けれどもミアは、またこの瞳ゆえに誰かに拾われ、誰かを失い流れていくのかと思い、首を横に振った。そしてそっと悲しみに満ちた小さな声でつぶやく。
「わたしは呪いの瞳。誰もがわたしのために不幸になっちゃう」
それを聞いたエリーは、自分のことを愛せるようミアを幸せにしてあげたいと思い、ミアの親になる決意をした。
「優しい子。大丈夫。あなたは神秘の瞳。私はあなたを必ず輝かせてあげる」
そう言いミアを抱きしめると、エリーは施設に許可を取り、ミアを引き取った。
それからエリーはミアを自分と同じモデルとして輝かそうと育てる。ミアが自らのオッドアイを愛せるように、エリーは愛情を注いでミアを育てた。ミアは自分の瞳に哀しみと憂いを感じながらも、その愛を噛み締める。
そしていつしかその瞳ゆえ受けた哀しみの運命を、愛に変えて与えていける強さが芽生えていた。
月日が経ち、ミアは美しいトップモデルへと成長した。
表彰台の上、ミアは目をつぶり心の中で唱える。
(私を産んで守ってくれたママ。愛を懸けてくれたロック。自分を導いてくれたエリー。本当にありがとう…愛してる)
そしてなによりも美しいオッドアイの瞳を開き、自分のように苦しみ、哀しみの路を歩む人達に向けゆっくりと語りかける。
「私はこの瞳ゆえ、生まれた時から哀苦の路を歩んできた。望みもしない瞳で生まれ、追われて愛する人を失い、絶望の路を。それでも私は愛を注がれ運命に導かれた。哀しみと苦しみに満ちても人は運命を歩む。そしてその運命を愛してくれる人はきっといる。自分を愛してくれる人は必ずいる。これから私はその愛を与えられる自分になり、多くの人に幸せを与えたい」
涙を流すオッドアイの瞳は、幼き頃の儚い輝きとは違い、力強い輝きを放っていた。
その瞳は心に光る宝石となり、すべての人を惹きつける。
ミアが自分自身でも愛することのできたオッドアイズは、まぎれもない神秘の瞳として輝き続ける。