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2020-04-22

絆の旅路

どうしようもない理由でペットを手放さなければならない時がある。

我が家は、それが引越しだった。

赤ん坊の時から飼っていた犬だったが、父の転勤の都合でどうしても一緒に連れて行けないという事になり、幸い祖父母の家で引き取ってくれるというので、そちらに預けることになった。祖父母の家までは車で六時間ほどかかる距離で、気楽に訪れることができないぐらいの距離だった。

それでも僕は「絶対会いに行くからね」と言って愛犬と別れた。

 

愛犬はこの時十二歳。もう老犬だった。

犬は人の心が分かるという。僕たち家族が自分と別れなければならないという事を悲しんでいることを、愛犬は察しているようだった。

「よろしくお願いしますね」

母が祖父母にそう言って、愛犬を引き渡した。

愛犬は必死に走り出した。

「あっ」

リードを持っていた祖母が小さく声を上げた。

その手からリードはするりと抜け落ちて、愛犬は主人である僕の元へと一直線に突進してきた。

「行かないで!ねぇ、行かないでよ!!」

そう言っているかのように吠えて、僕にしがみつこうとする愛犬。こらえていた涙がせり上がり、籍を切ったように溢れ出る。

それでも、別れなければならない。僕は愛犬を祖父母のところへ押し戻して、後ろを振り返ることなく走って車に飛び乗った。

愛犬はジタバタと大騒ぎしていたが、やがて僕たち家族を乗せた車は祖父母の家を後にした。

 

祖父母の家から遠く離れた新居に到着した僕の心にはぽっかりと穴が空いたようだった。

何をやっても無気力で、世界がくすんで見えた。

そんな日が続いたある日、祖母から電話がかかってきた。

愛犬がいなくなってしまったという。

ショックが大きくて、僕は茫然とした。どこへ行ってしまったんだろう。まさか、僕たちの元へやって来るつもりなのだろうか。それとも、ただ逃げ出して、どこかで迷子になっているのだろうか。

気が気でなかった僕は、そのまま不安な気持ちを抱えて一週間ほど過ごした。

祖父母は全力で愛犬探しをしてくれた。チラシをくばったり、街中に張ったり、テレビを使ったり、色々力を尽くしてくれた。僕も遠くの地であてもなく必死に愛犬を探す。

それでも愛犬は現れなかった。生きものは、自分が死ぬときに姿を見せたがらない。悲しみに暮れながらもその覚悟をひしひしと感じ取っていた。

そしてもう諦めかけた頃、母が大騒ぎしながら僕を呼んだ。

「ねえ!ちょっと!!来て!!はやく!!!」

リビングに降りると、テレビ画面に見覚えのある犬が映っていた。

愛犬だ!

テレビでは「一心不乱にどこかへ向かう犬」として放送されていて、その犬を見た人が、祖父母が作った「迷い犬」のチラシを見て連絡をくれた。

同時に我が家の電話が鳴った。

「見つかったよ!」

愛犬は、祖父母の家と、僕の家の、ちょうど間ぐらいの場所で発見された。一歩一歩我が家に向かって旅をしてきたのだ。老犬で、体力もないのに必死に。

そして祖父母は車に乗せて、愛犬を我が家に連れてきてくれた。

愛犬は僕の胸に飛び込み、ちぎれそうになるぐらい尻尾を振った。僕は抱きしめながらもう離れることはしないと誓う。

それでも、うちでは飼えないという事情は変えられないので、僕の方が祖父母の家にお世話になることにした。転校することになってしまうけれど、引越し先の新しい学校がまだ始まっていなかったので、どのみち同じだった。

僕は車に愛犬と一緒に乗り込んで、幸せに包まれて六時間の旅を楽しんだ。

 

こうして、僕と愛犬の離れ離れの旅は終わった。

愛犬と僕は誰にも引き離せない。最高のパートナーだ。

 

 

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